最近の私はいっぱいいっぱいな日々。
先月末に初めて心療内科に行って、クスリを処方され、定期的にカウンセリングを受けるようになった。
それでもカウンセリングはまだ2回だけ。
まだ全然よく分からない状態。
そんな中で、知人の死を看取ると言う出来事。
それほど慕っていたわけでも、親しかったわけでもないけれど、知人の死はやはりショックで、とても辛い。
享年55歳。
まだまだこれからたくさんの時間が残されていたはずなのに。
これから幸せになるはずだったのに。
自分のことしか考えられず、親しくなる努力を怠った私は、突然の別れに後悔が残った。
現実は人が願うほど優しくない。
もうすぐ産まれようって命のすぐ側で、もう助からないって言われた命。
TVの中に溢れる《奇跡》は、現実じゃない。
幸せでしたか?
楽しかったですか?
本当に、もういないのですか?
願わくば、あなたが人生を悲観していませんように。
もう一度生まれたいと、願ってくれていますように。
あの人が突然倒れたと知らされ、ICUで面会をしてから、涙を流さない日はなかった。
後悔と、切なさ。やるせなさ。
もう難しいと、99%無理だと告げられても、心のどこかで奇跡を信じていた。
でも、私たちの前に奇跡は現れなかった。
後悔でいっぱいの私は、奇跡を祈る夜も、お通夜を待つ夜も、ただただ涙を流し、懺悔を繰り返した。そしてお通夜の席で、答えをもらった気がした。
故人から頂いたものを大切に、祈りを捧げ、いつか自分が浄土へ渡った時、
再会し、幸せだったかを聞けばいい。
今はもう直接言葉を交わすことは出来ないけれど、いつか、自分が死んだ時に、謝ればいい。
私があの人から頂いたものは、《後悔》と言う宝物。
この《後悔》を忘れない。
いつか会いましょう。
浄土で。来世で。
袖振りあうも他生の縁
きっとまた会えるはず。
その時は、きちんと向き合って、知り合って、親しくなれたらいいと思う。
血のつながりがなくても、あなたは私の父だったのだから。